石巻報告記 2019 (その1)
Junko Sumi, Jazz Vocalist

☆ 大川小学校伝承の会

石巻うたい隊(追波川)

 足がかりにしていた、スペース千人風呂も閉まり、仮設住宅で歌うセッティングや機材も用意してくれて、ギターも弾いてくれていた熊さんが石巻を去り、「石巻うたい隊 」の活動も終わりと思っていました。
 皆さんからいただいて手元にあるカンパも何かの形でどこかに寄付をしよう、その前に石巻の今をこの目で見てみなさんに報告しよう。スペース千人風呂があった中央一丁目の皆さんにもお世話になったお礼をいいたい。それが今回の目的でした。そして月一回大川小学校で語り部ガイドをしてくださるというのも聞き、石巻行きをこの日に合わせました。石巻の仮設何度もで歌ってきたのですが、しっかりと家族を亡くした方々からお話を聞くのが実は初めてです。

大川初印象

 9月16日、石巻からレンタカーに乗って40分、北上川のほとりにある大川小学校に到着しました。3月11日地震発生から51分間、海から3.7キロにあるこの学校には津波は来ないだろうと校庭に待機していた70名の生徒と10名の先生が亡くなりました。4名の生徒は未だに行方不明です。もうすぐこの学校の周りが公園になるので4名の保護者が我子を探すために掘り返すことができるのも、あと少しです。2012年、近くの入釜谷生活センターで歌うために訪れ車の中から向こうに大川小学校を見ました。小学校は暗く大きな穴のようで、心が締め付けられる恐ろしいエネルギーに満ちているようでした。このネット写真がその時の印象に近い写真です。

天使像と

 初回は、ただただ邪魔にならぬようにと思い訪れていた私は、歌うだけで精一杯、2回目に石巻を訪れた時初めてこの小学校に来て子供達の霊に手をあわせることができました。それから7年、前より校舎が綺麗になっているような気がしました。それもそのはず、保護者や全国からのボランティアがセメントの床まで雑巾で水拭きしているというのです。あの暗いエネルギーが薄らいでいるのはそのせいですね。悲しい愛に満ちています。

雨の中の伝承の会

 10時、大川伝承の会の語り部ガイドが始まりました。朝から雨が降っていましたが全国から思った以上の方が車で集まってきました。
 優しい笑顔で迎えてくれた佐藤さん「皆さんで黙祷しましょう。」
 大川小学校孤立中というニュースにお嬢さんは山に逃げたに違いない。必ず生き延びている。そう信じていたのですが、やっとたどり着いた2日後、並べられた生徒たちの遺体の中にお嬢さんを見つけた。もうこちらは涙が止まりません。

 佐藤さんのお嬢さんは3月11日の朝届いた中学の制服を「帰ったら来てみるね」と言って登校して二度と帰ってきませんでした。