JE1BQE の歴史

・ 東京・秋葉原で育った私は、文字通りの「ラヂオ少年」でした。子供の頃に見たアメリカのコメディー・ドラマ「ギリガン君 SOS」の中で、漂流した島でラジオを無線機に改造し SOS を出したシーンを見て、無線に興味を持ちました。

・ 1971年に東京都台東区でアマチュア無線局 JE1BQE を開局し、1976年に富山県魚津市で JA9QZH も開局しました。それからずっと無線を楽しんでいます。今の仕事(無線機の設計)も、この子供の頃からの趣味の影響を大きく受けています。

・ 普段は聞こえない場所の電波が、突然、聞こえるミステリアスな 50MHz バンドと、闇夜の中のロウソクの炎のように、雑音の中でもはっきり聞こえるモールス符号によるトン・ツー通信が大好きです。

・ 1976年に西ドイツから JE1BQE/DL を運用(左の写真)して以来、東・西統一後のドイツ(DL/JE1BQE、DK0RA)、アメリカ(W4、W6、W9/JE1BQE)、サイパン(KH0/JE1BQE、KK6RT/KH0)、小笠原諸島(JD1BOO)、韓国(HL3ZCG)など、海外からもアマチュア無線を楽しんでいます。

博士(工学) 根日屋 英之 のプロフィール

・ 東京の下町(台東区)で生まれました。アマチュア無線に興味を持ち始めたのは小学生の時でした。

私立 開成学園(開成中学校・開成高校) に入学し物理部 (アマチュア無線班 ペンケンクラブ JA1YSD) に入部しました。

・ 1980年3月に、東京の飯田橋にある 東京理科大学 工学部第1部 電気工学科 を卒業しました。卒業研究のテーマは、「リニアモーターカーとその制御」でした。在学中は、東京理科大学 1部無線研究部(JA1YCR) に属していました。

・ 1980年4月に日産自動車入社し、車載用電装機器の設計に従事していました。

・ 1981年4月からの2年間、東京都港区六本木にある東京大学生産技術研究所 第3部 高木幹雄研究室/多次元画像処理センターにて、気象衛星のリモートセンシングの研究(勉強)をしていました。

・ 1983年5月以降、日立湘南電子(現・日立情報通信エンジニアリング)、日立製作所にて、人工衛星搭載用無線通信機、衛星地上局、RFID、光通信装置などで研究や開発の仕事をしていました。

・ 1987年9月に、生まれ育った東京・秋葉原にて、無線通信機器の民間研究・開発会社 株式会社アンプレット を設立し、代表取締役 社長に就任しました。

・ 2016年3月に、株式会社 アンプレット の代表取締役を退任すると同時に、アンプレット通信研究所 を設立、所長に就任しました。

・ 株式会社 アンプレット をアマチュア無線局の設置(常置)場所としている スヌーピークラブ(JH1YTU)テレビジャパン(JR1ZZZ) の会長に就任しました。

・ 現在は、顧客企業様が抱える問題点を一緒に解決する技術コンサルタントとしての仕事が増えてきましたが、近距離無線通信機器、RFID、ミリ波レーダ、アンテナ、人体通信機器などの受託研究、開発、設計、試作を行っています。

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